昨今の最低賃金大幅引き上げと企業が抱える今後の課題について

最低賃金の大幅な引き上げとそれに伴う会社の課題について、私なりの所見を述べてみたいと思います。

全国加重平均による地域別最低賃金の平均推移を見てみると、2024年度は過去最高の51円アップとなり1,055円の時給となりました。これは率に換算すると実に5.08%の上昇に相当します。
もともと安倍政権下においては、デフレ対策の一環として、マクロ経済での需要喚起を目的に最低賃金の底上げを進めていましたが、それでも毎年2%~3%程度のアップ率でした。
それが岸田政権になってからは2023年度で4.47%、2024年度に至っては5.08%と一気に加速させたことになります。これは、2030年代半ばまでに最低賃金の全国平均1,500円にしたいとの方針を前提にしたものです。それでも、増税や円安に伴う物価高騰によって国民の実質賃金は下落していきました。

ところで、最低賃金については、2002年度に従来の日額方式から時給方式へ変更されましたが、2002年度当時は663円であったものが2024年度1,055円となり、2002年度を起点とした指数ベースでみると2024年度は159となり、2002年度と比べると実に60%引き上げられた勘定になります。

この最低賃金の引き上げというのは、いわゆるベア(ベースアップ)に相当するものであり、賃上げ全体を意味するものではないことを理解しておかなければなりません。簡略化して言えば、賃上げというのは「定昇+ベア」の合計であり、企業にとってはベア以外に更なる人件費増を意味するものといえます。
この最低賃金ベースは新卒者の初任給水準とは異なるものの、企業内の在職者賃金とのバランスを考えると、ある程度最低賃金の上昇分を反映させた形で初任給水準も上げていかなければなりません。さらに初任給を上げれば、在職社員の賃金ベースも定昇とは別に上げていく必要があります。また、賃金ベースが上がれば、残業手当の算定単価も上昇するため、時間外勤務時間が同じであるなら残業手当の原資も増えることになります。
[注]年功型処遇の仕組みを排除した会社や業績・成果配分型の給与システムを取り入れている会社では定昇に伴って毎年人件費が膨らむということにはならないと思われますが、多くの会社ではそのようになっていません。

このように、企業にとっては今後ますます固定的人件費の負担は増えていくものと予測され、特に中堅・中小企業や総じて収益率が低い業界に属する会社にとっては厳しい経営環境になってきたということです。

にもかかわらず、2024年10月1日に新内閣を発足させた石破茂氏は、自民党総裁選のときに何を思ったのか、岸田内閣の時に掲げた2030年代半ばというゴール設定を更に前倒しして2020年代終わりまでに最低賃金を全国平均で1,500円にもっていくと発言しました。
仮に2029年度で1,500円にもっていくためには2025年度から最低賃金を毎年7.3%ずつ引き上げていかないと到達できない勘定なのです。私はこれを聞いた時に、人事の専門家として正直驚きました。もっとも、2024年11/29の所信表明演説においては最低賃金の引き上げに今後も取り組んでいくという極めて抽象的な表現にとどめ、具体的な引き上げスケジュールや金額ベースの話は出てきませんでした。このことから、総裁選のときの2020年代での1,500円引き上げという言葉は単なる思い付きもしくは選挙対策用の一般人受けするパフォーマンスであり、実際にそのペースでの最低賃金の引き上げはできないものと考えていますし、それを実現可能にする内需喚起に向けた経済対策を講ずることも難しいと判断しています。そもそも石破政権自体が2025年度の参院選まではもたないであろうし、個人的には彼のような政治信条のない左翼・リベラル系の人間には国政を預かるリーダーとしての資質・資格はないと思っているからです。

誤解のないように申し上げれば、安倍内閣の政策に関してはそれなりに評価しています。ただ、岸田内閣での取り組みに関しては全く評価していませんし、石破内閣に至っては希望すら見出せません。日本がこれ以上メルトダウンしないよう、一刻も早く高市早苗氏へバトンタッチしてほしいという思いです。
まぁ~、政治の話はここまでとして、いずれにせよ今後人件費増の流れは進んでいくことでしょう。

このこと自体は、1990年代前半のバブル崩壊以後の「失われた30年」を考えると致し方ないものと考えていますが、しかしながら重要なことは賃上げによって会社や国民一人ひとりが購買力を高め、日本経済全体を好循環されていかなければ意味がありません。そのためにも政官財が正しい方向性で政策論議を進め、それによって適正な法改正や行政指導が行われていくことを願ってやみません。
いずれにせよ、今後会社の人件費が膨らんでいくことは間違いないことですし、定年後の継続雇用の義務化年齢に関しても、2030年代には70歳まで延長されることになると思われます。

以上の点から、各企業は、今後の人件費増を予見として人事・処遇施策や仕組みを見直していくことが求められますし、社内の生産性を高めていくための取り組みも喫緊の重要課題となってくるでしょう。これらにうまく対応できなければ会社の将来的な存続が危ぶまれてきます。
なお、人事・処遇の施策や仕組みの改定に関しては、単に給与制度上の問題にとどまらず、経営全般、とりわけ事業構造や組織運営の視点、人事戦略・人材活用のあり方なども含めて洞察・検討していかなければならないテーマとなります。

 私どもでは、クライアント企業の皆様方とご一緒に様々な視点から審議を重ねて人事制度の改定を進めてまいります。当所のコンサルティングにご興味がございましたら、お気軽にご相談下さい。